2012年07月16日

夫婦でキナバル山に登りました

山名  :マレーシア キナバル山
日程  :2012/07/11-16
参加者 :達雄、陽子

標高差 :2,229m 
登山ゲート(1,866m)〜ラバンラタ(3,273m)〜ローズピーク(4095m)

 この数年の子供の進学や仕事に追われる毎日で鈍った身体を鍛え直し、東南アジア最高峰のキナバル山(4095m)に挑戦。 素晴らしい思い出になりました。

7/11 自宅(5:50)-関空(11:00)-(21:35)コタキナバル-(22:30)ホテル
7/12 ホテル(8:30)-公園本部-(10:40)植物園-(14:00)ホステル
7/13 ホステル-公園本部(7:55)-登山ゲート(8:10)-(13:50)ラバンラタ
7/14 ラバンラタ(2:50)-(6:20)山頂(6:35)-(8:45)ラバンラタ(10:00)-(14:50)登山ゲート-(16:30)ホテル
7/15 ホテル(9:00)-市内観光-(15:00)ホテル(15:40)-コタキナバル空港(18:50)-クアラルンプール7/16 クアラルンプール(23:45)-(7/16 7:30)関空-(11:00)自宅


11日(水)
 コタキナバルへの直行便がなくなり、自宅から(関空・クアラルンプール経由)コタキナバルのホテルまで16時間を要する長旅でした。 コタキナバル空港で日本語ガイド「ジェームス」の出迎えでホテルまで移動。 ジェームスの日本語は素晴らしく、キナバル登山までを担当するとの事でした。

12日(木) 
 ホテルロビーでジェームスと待ち合わせてキナバル公園まで移動。 今夜の宿泊場所「グレイスホステル」のチェックインが14時のため公園本部に荷物を預けました。 公園内のレストラン「ステラ」で昼食をとり(公園内滞在中の食事場所で、他の選択肢は無いようです)、自然公園を散策して足慣らし。 ここでは「うつぼかずら」や欄の仲間など多数の植物を観察できました。
 ジェームスによると温暖化の影響で天候は不安定との事で、この日も散策中に雨が降り始め、夕方まで降り続きました。

 宿泊したホステルは一部屋に6ベッド(2段ベッド×3)がありオーストラリアから来た父娘と同室でした。 ベッド間のカーテン等仕切りはなく、トイレ・シャワーは共同、食事は公園本部のレストランまで移動して食べました。 シーツ等は清潔で、バスタオルとシャンプーはついており想像していたより快適。 長旅の疲れと寝不足でぐっすりと寝る事ができました。

13日(金)
 深夜2時に激しい雨の音で目覚めました。 この雨は翌朝まで降り続きました。 雨が止むのを待って外に出ると、薄暗い中、圧倒的な迫力のキナバル山全容が見えました。 

 ステラに移動し朝食を終えると、ウェイトレスが大きな手提げ袋を持ってきました。 これがランチでした。 後で中を見ると「サンドイッチ、ゆで卵、小玉リンゴ、モンキーバナナ」とボリュームたっぷりで、特別に持参した行動食は必要ありませんでした。 公園本部前でジェームスよりIDカードを受け取り、山岳ガイドの「ローニー」を紹介されました。 ローニーは人気ガイドで一昨日もキナバル山に登ったいたとの事、私たち二人にジェームズとローニーの二人が同行するという贅沢なキャストで登る事になりました。 

 公園本部から登山ゲートまでバスで移動し、ゲートでサインをして登山開始。 一旦下った後は延々と続く登りでした。 すぐに雨が降り出し傘をさしての登山となりましたが、ローニーが陽子のペースを見ながらゆっくりと確実にペースを守って登ってくれたおかげで、14:50にラバンラタの小屋に着くことができました。 ラバンラタの小屋は日本の山小屋よりはるかにきれいでした。 昨日同様にトイレ・シャワーは共同、部屋にはベッドが4あり、私たち夫婦とジェームズの他に日本から単独で来た女性の4人で泊まりました。 小屋には毛布が二枚ありましたが1枚で十分でした。 シーツも清潔でしたが、シャワーはお湯が出ないとの事で頭だけ洗いました。 ちなみに山岳ガイドは専用の宿泊場所があるらしく、ローニーはそちらに泊まりました。 

公園本部で受け取るIDカード
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公園本部から全容を見せるキナバル山
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登山ゲート前
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ジャングルの中を登る
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屋根、トイレ、飲料水があるシェルターで休憩
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ステラで渡されるランチボックスの中身
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ラバンラタのレストラン
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14日(土) 
 昨日の夕方から降り出した雨がまだ降り続いていました。 ラバンラタ以外の宿泊者は、この雨の中を食事のために移動しなくてはなりません。 私たちはラバンラタに宿泊できて幸運でした。
 軽い朝食後、不要な荷物は宿泊した部屋に置いたまま 2:50 昨日から降り続く雨の中をカッパとヘッドライトで登山開始。 サヤサヤ小屋あたりでようやく雨は止みました。 このサヤサヤ小屋で登山時と下山時にチェックを受けます。 昨日同様にローニーさんのゆっくりとしたペース配分で確実に高度を上げていきます。 サウスピークやドンキーピークなどを眺めながらの登山は飽きることなく、山頂に着きました。 15分程度の滞在後下山開始。 写真を撮りながらゆっくりと下山しました。 ちなみにラバンラタは10:30までに部屋を空けないと、一時間単位で高額な追加料金を取られます。私たちのペースでも十分な余裕があるので通常は大丈夫だと思いますが要注意です。
 ラバンラタで朝食後(朝2時に食べたのは朝食では無かったようです)に荷物をまとめて下山開始。 途中から再び激しい雨となりましたが無事下山しました。 公園本部に移動しローニーさんと別れた後遅い昼食。 ジェームスから登頂証明書を受け取り、バスでコタキナバルのホテルに移動しました。ジェームスが言うには登頂できなかった人は白黒、登頂できた人はカラーという事ですが本当でしょうか。 何分ジョークが好きなジェームスの事ですから話半分に聞いています。

サヤサヤ小屋のチェックポイント
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山頂はすぐそこ
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山頂で記念撮影
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山頂から周囲の山を背に
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ロープをしっかり持って下山
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下山者で大渋滞の岩場
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カラーの登頂証明書
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15日(日)

 朝からコタキナバルのサンデーマーケットを見学し、HISのバスで空港まで移動、帰国の途に。

16日(月)

 関空到着後、帰宅。

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海外の多数の方は、半袖半ズボンでビニールポンチョ、スニーカーというスタイルで登っています。一方で日本人登山者は完全装備でした。キナバル登山という事に対する考え方に大きな違いがありそうです。
ちなみに、参考まで私たちの事について書いておきます。


【食糧】
山中での食事は十分にありました。 日本から持参した食糧は殆ど手を付けず、実際に使用したのは、アメ、粉末ポカリスウェット位でした。

【水】
山中1日目はランチボックスと共に水ペットボトル(500ml 一本)を渡されます。 私たちは、前日のホステルでもらった ペットボトルと合わせて 1000ml で十分でした。 山中のシェルターには飲料水があり西洋人は飲んでいましたが私たちは止めておきました。 また、登頂時に暖かいものが欲しいと考えて保温水筒と粉末コーヒーを持参しましたが、夜はポットで提供されていたお湯が早朝の登山開始時には無く利用できませんでした。 

【服装】
登頂時は寒い等々、色々な情報で持ちすぎました。 実際に使用したのは、
(初日) 上は薄手の長そで
     下は3シーズン用ズボン
(登頂時)上は初日の長そでの上に長そでラグジャーとカッパ、毛の帽子
       3800m地点でフリースを追加
     下は初日のズボンの下に薄手のパッチとカッパ
手袋は防水性の有るものがよいと思いました。そんなに寒くはありませんが、岩場でロープを持つときなどにビショビショに濡れてしまいます。

【靴】
日本の山で使用している革製のトレッキングシューズを履きました。 防水性は勿論の事、雨が降ると滑りやすいのでそれなりのものが必要だと感じました。 

【気候】
熱帯のジャングルというと暑いイメージでしたが、連日の雨と生い茂る木々で日本の山よりも涼しく登りやすい環境でした。 登頂時はサウスピークが見え始める頃より風が強くなったのでフリースを着ました。 小屋の出発前に見ませんでしたが10時の下山前に見ると気温9度でした。 雨と風の対策があればそんなに着込むほどではありませんでした。

【雨対策】
ゴアテックスの上下セパレート雨具、ザックカバーは当然ですが、ラバンラタまでは折りたたみ傘が最高でした。 山岳ガイド達は雨が降るとビニール袋をザックカバー代わりにし大きな傘をさして歩いていました。 ラバンラタまでは素足にサンダル履きも多かったようです。

【トイレ】
シェルター毎に水洗トイレがありました。 ただしイスラム教の国で水で洗う習慣があり便座はビショビショです。 備え付けのトイレットペーパはすぐに無くなるようで、便座をふくために大量のトイレットペーパを使用し、持参したものがすぐに無くなりました。 これはラバンラタのトイレも同様でした。

【山岳ガイド】
指名があれば指名優先で、指名が無い場合は公園本部が順番に割り振っている様です。 
植物等の説明はもちろんの事、絶好の撮影場所を知るカメラマンにもなってくれました。 撮った写真を確認してうまく撮れている時に「ニコリ」と笑うローニーの顔が忘れられません。

【ポーター】
私たちは利用しませんでしたが、1KGあたり8リンギットで背負ってもらえます。 ポーターという形で雇わず、途中から山岳ガイドに依頼しても同じ金額で背負ってくれるようでした。 ちなみに金額は往復分です。 
ところで、登山途中で背負われて下山する女性を見ました。 足がふらふらで歩けなくなったようでしたが、これは特別料金という事でした。

【登山者】
半数の登山者はスニーカー、ビニール製ポンチョなど軽装で、観光の延長で登っている様でした。山頂付近の岩場では、滑るスニーカーに「ディンジャラス」と悲鳴を上げる人、「アルチチュードイズリスキー」と座り込む人など様々。 もう少し風が強いと大変なことになりそうでした。 

すれ違う人は登山者、ポーターを含めてあいさつを交わしていました。 スピードの違う登山者が追い越す時や登山道での擦れ違いでは下山者が道を譲るなど山岳ガイドが指示し、全員秩序を持った行動をしていました。

【高度障害】
山岳ガイドのリードでゆっくりペースで登ったせいか、富士山よりも楽でした。 同行した妻はラバンラタのホテルの夕食後に気分が悪くなったようですが、翌朝には回復し登頂できました。

【生き物】
休憩所シェルターには多数の野生のリスが集まっていました。 リンゴなど登山者のおこぼれを待っている様です。 その他小鳥はたくさんいましたが、危険生物とは出会いませんでした。
特にジャングルの中を登るという事で蚊などの対策を心配しましたが、山中で涼しいからか全くおらず持参した虫よけも使いませんでした。
唯一怖いなと感じたのは野犬です。 山中にはいませんが市内には結構いました。 コタキナバルから公園本部に移動する途中の土産物屋の前で、目を充血させた犬に「ウー」とうなられたときはビビりました。

【ホテル】
(山中)
ラバンラタと周辺のロッジでは大きな差があり、可能ならラバンラタに泊まりたいですね。 到着時、翌朝出発前の食事など雨の中を都度ラバンラタまで移動するのは大変そうです。ラバンラタなら部屋履きのスリッパで食事に行けます。 

(市内)
最終日はゆっくりしようとの思惑から郊外の高級ホテルを選択しましたが、元々ゆっくりできる性分でもなく、シャトルバスで市内に移動しました。 出歩くなら市内のホテルの方が良かったですね。

【旅行会社】
今回、私たちはHISのエコツァーに申し込みました。 二名から催行の企画で申し込みが私たち二名のみだったため、月に2回程度はキナバル登山しているという日本語堪能な現地ガイドとそのガイドが指名した経験豊富な山岳ガイドの二名が同行してくれました。 文化の違いなど戸惑う事も多数ありましたが、現地ガイドの説明や手配で安心して登山する事ができました。 

(良かった点)少人数で小回りが利くプラン作成、現地事情に詳しい日本語ガイドの同行、燃油サーチャージ代込のわかりやすい費用

(悪かった点)登山に関して提供される情報不足。 東京では無料説明会等の実施がある様ですが関西在住では出席できず簡単な資料送付のみのため少し不安でした。

【両替】
旅行費用にほとんどの費用が含まれており、私たちが登山中に使用したのは公園本部に荷物を預ける際の費用 10リンギットだけでした。 その他、土産代、最終日ホテルの夕食代、市内シャトルバス代など、二人で約二万円分のリンギットを使用しました。

【携帯】
私たちはソフトバンクの携帯を持っていきましたが、キナバル山中の殆どの場所でアンテナが三本立ち通話可能でした。 殆どの山岳ガイドたちが携帯を持ち、山中で次の仕事の話でしょうか、通話をしていました。
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1985年09月25日

韓国仁寿峰 シュイナードA,B、仁寿B,C、ピラA

山名  :韓国 仁寿峰
日程  :1985/9/20〜25
参加者:西本、江頭、吉田、清水
概要 :フリークライミング

シュイナードA,B、仁寿B,C、ピラA
また来てしまいました。今回は4名で、シュイナードA,B、仁寿B,C、ピラAを登りました。 仁寿峰のあたりは巨大花崗岩の塊でいっぱい。 わくわくします。

クラックが楽しい
19850920-仁寿峰のクラックを登る.JPG

日曜日には多数の韓国クライマーが押し寄せる
19850920-ビレイ点で多数の韓国人クライマーと混じって.JPG

クライミングを終えて
19850920-仁寿峰の山頂で.JPG
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1984年09月26日

インスA,B,C、友情B、シュイナードB、ピルラ

山名  :韓国 仁寿峰
日程  :1984/9/21〜26
参加者:西本、江頭
概要 :フリークライミング

インスA,B,C、友情B、シュイナードB、ピルラ(1Pのみ)
江頭君と二人で航空券だけ握り締めて行きました。言葉も通じず、山に着くまでで一苦労。 インスA,B,C、友情B、シュイナードB、ピルラを登りました。 大根卸しのような花崗岩をフリクションを効かせて登ります。 ビレイピンははるか彼方。

巨大な岩峰です
19840922-仁寿峰の巨大な岩壁を背に.JPG

ピンの無い大根おろしのような巨大スラブに痺れました
19840922-仁寿峰のスラブを登る.JPG

クライミングを終えて
19840922-仁寿峰の山頂で.JPG
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1979年11月16日

ネパール ニルギリ

山名  :ネパール ニルギリ
日程  :1979/9/2〜11/16
参加者 :田路、井筒、西本


当時、会は全盛期でした。 入会したばかりの私が遠征に参加できたのは運が良かったと思います。
9/2 日本出発
9/3-12まで荷待ち・買い出し等準備
9/12 ポカラ
9/14-22 キャラバン
9/22 BC 3900m
9/26 C1 4250m
9/28 本体到着
10/5 C1中継テント
10/13 C2 5000m
10/24 C3 5600m
10/27 撤退決定
10/28 BCに下山
10/31-11/4 キャラバン
11/5 ポカラ〜カトマンズ
11/5-11 飛行機待ち
11/12 カトマンズ〜バンコック
11/13-14 バンコック市内観光
11/15 バンコック〜台北 飛行機アクシデントで一泊
11/16 台北〜大阪

BCよりニルギリ西壁を望む
19791000-BCよりニルギリ西壁を望む.JPG

放牧されているヤク
19791000-BC周辺に放牧されているヤク.JPG

C1よりニルギリ西壁を望む
19791000-C1よりニルギリ西壁を望む.JPG

C1からC2で突破できなかったルート
19791000-C1からC2で突破できなかったルート.JPG

C1からC2へのルート
19791000-C1からC2へのルート.JPG

C1からC2への難関
19791000-C1からC2への難関.JPG

C2ジャンクション
19791000-C2ジャンクション.JPG

C2を望む
19791000-C2を望む.JPG

C3よりニルギリ山頂を望む
19791000-C3よりニルギリ山頂を望む.JPG

高度障害で顔がむくみました
19791000-高度障害で顔がむくみました.JPG

ニルギリベースキャンプで
19791000-ニルギリベースキャンプで.JPG
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